「プレーンソング」保坂和志著を読んで

 以前に梅田望夫さんが「はてなハイク」にアップした「保坂和志」さんの作品を一度読んでみたいと思っていた。はてなキーワードで今までの保坂さんの作品を調べたところ、読んでみたい作品はたくさんあったのだが、今回はデビュー作の「プレーンソング」を購入してみた。今日読み終えたのでその感想と気になったところを書いてみようと思う。
 「ぼく」「アキラ」「よう子」「島田」のどこにでもいそうな若い4人が共同生活をする中に、「猫」が時おり登場するというストーリーになっている。冬から夏までの日常を描いているのだが、なにか時間がゆっくり過ぎるというよりも、なにか時間が止まってしまったかのように感じ、読みやすく面白い作品であった。
 気になったところを何箇所かあげてみると、「1」の中の

「競馬には競馬会専属、極秘のレースデザイナーがいるんだよ」  (p24)

というところがある。この作品には競馬関係の話もたくさんでてくる。私はあまり競馬にはくわしくないが、まんざらこのようなこともあるではないか、というような気がした。
 「2」の中で

「出す」というのは中央競馬会が出すということで、普通、万馬券というものは出すのではなくて出るという言い方をするのだけれど、三谷さんは競馬会がレースを仕組んでいるという前提でしか考えていないから、「万馬券が出る」のではなくて「万馬券を出す」としか言わない。  (p66)

というところがある。またまた競馬の話であるが、私たちの身の回りにこういうことを言う輩がたくさんいるような気がする。とても面白い。
 「4」の中に 

「競馬はまだ鎖国なんだよ、日本は」
というのは石上さんに言われるまでもなく知っていたけれど、「鎖国」などという言葉が出てくるのもさっきの自由化のつづきのようなもので、
「外国なんかすごいんだよ。馬主がフランス人で、調教師がアメリカ人で、騎手がイギリス人で、ドイツのレースを使うなんてことがあたり前なんだからね。それで、そのフランス人からアラブの皇太子が馬を買っちゃたりすんだよッ」  (p148)

というところがある。「鎖国」ということいえば、昨年の「NHKスペシャル」でも海部美知さんの「パラダイス鎖国」が取り上げられ、日本の若者が海外に出ないなどと特集していた。最近では「内向き」がどうのこうのと論争になっている。何かあまり、日本は進化してないような気がする。
 また、「5」の中に

「映画みたり、小説読んだりしてても、違うことばっかり考えるんです。
それでも、高校の頃からずっと小説書きたいって思ってて、今は映画撮りたいって、思ってて。
でも、筋って、興味ないし。日本の映画とかつまんない芝居みたいに、実際に殺人とかあるでしょ、それでもそういうのから取材して何か作ってって。そいう風にしようなんて、全然思わないし。バカだと思うだけだから。
何か、事件があって、そこから考えるのって、変でしょう?だって、殺人なんて普通、起こらないし。そんなこと言うくらいだったら、交通事故にでもあう方が自然だし。
日本のバカな映画監督なんか、人間はそういう事件と背中合わせに生きてる、みたいなこと言うでしょ。でも、そいう人たちの映画みてても、どこが背中合わせなんだろうって。それに、もともと、普通の人じゃないしね。出てくるのが。
そんなんじゃなくて、本当に自分がいるところをそのまま撮ってね。
そうして、全然ね、映画とか小説とかでわかりやすくっていうか、だからドラマチックにしちゃってるような話と、全然違う話の中で生きてるっていうか、生きてるっていうのも大げさだから、『いる』っていうのがわかってくれればいいって」  (p207〜p208)

というところがある。日本の映画と芝居の部分、殺人についての部分は特に共感できる。

プレーンソング (中公文庫)

プレーンソング (中公文庫)